中米に拡大する暴力とカルテルの影響

 麻薬のなかでもコカインは、南米からコロンビアやメキシコのカルテルの手によって北米を目指し運ばれるが、中米を経由することも少なくない。中米諸国の多くは経済規模も小さくもとより脆弱だったものが、近年の自由化政策で小規模農業は壊滅、失業が拡大し、最近はとくに犯罪率の上昇が懸念されている。

 

 そんななかでとくに90年代から中米地域で拡大してきたのが、「マラ・サルバトルチャ」というギャング団だ。略して「マラス」、「MS」などと呼ばれ、その中にもいくつかの分派がある。「サルバトルチャ」とはスラングでエルサルバドル人。もとはロサンゼルスのエルサルバドル人移民の若者たちの不良グループで、地元のアフリカ系などのグループに対抗して徒党を組むようになった。80年代のエルサルバドル内戦時に北米に難民としてきた人々の子どもたちも多い。

 

 当初はエルサルバドル人だけだったが、のちにラテンアメリカ各地に出身者の間にも拡大した。アメリカで逮捕されたメンバーが本国に強制送還されたことで、メキシコ・中米各地に組織が拡散することになった。現在では中米各国やメキシコのとくに南の国境地域のほか、南米コロンビアやヨーロッパにもマラスの活動が見られるといわれる。中米ではこれらの地元のギャング団が、メキシコの麻薬カルテルと関係をもち、密輸の中継や地元での密売などで協力するようになってきている。またカルテルの中でもシナロアカルテルが、暴力的で武力に秀でたセタスと対抗するためにマラスのメンバーをリクルートしていたこともあった。

 

  マラスには十代の若者が多く、入れ墨が構成員のしるしとされ、指文字で互いにあいさつを交わすなど、独自の閉じた社会を作り上げている。いったんマラスに加入したものは組織から逃げることは許されない。抜け出ることができるのは、刑務所に入る(しかし実際は刑務所内でもマラスの支配は続いている)か、あるいは死んだときだけといわれる。ただもうひとつだけある抜け出す方法としては、キリスト教系の新興宗教で彼らに理解を示す教団があり、そこに入信すれば組織も追っては来ないといわれる。

 

 エルサルバドルでは、拡大するこれらのギャング団を取り締まるため、2010年に「ギャング団禁止法」を制定、取締りを強化している。

 

 

中米での状況に関する記事の翻訳を紹介(ラテンアメリカネットワーク「そんりさ」135号掲載)

 

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http://www.cipamericas.org/es/archives/5643

 

エルサルバドル――「麻薬問題にはもっと有効な政策を」 

 

20111029日 マルコ・アントニオ・マルティネス・ガルシア

 

 中米の近隣諸国同様、エルサルバドルもまた麻薬密輸の問題を抱えている。麻薬カルテルは密輸のために地元の犯罪グループと手を組んでおり、警察もまた、近隣諸国と同じく、かなりのレベルでそれにかかわっている。軍は麻薬取り締まりに協力しているが、街頭での警備に当たるという事態は憲法上の規定に違反することになるため、一時的なものにならざるをえない。

 ――これがエルサルバドルの公安検察省副大臣、アルバロ・ヘンリー・カンポス・ソロルサノが語る今後の見通しである。

 麻薬政策に関する第3回ラテンアメリカ会議及び第1回メキシコ会議に参加するため、メキシコに滞在中の同氏はインタビューに答えて、エルサルバドルにおける禁止薬物の使用が増加していること、依存者の治療に当たる施設が不足していることについても語った。

 

麻薬問題が市民の暮らしを脅かす

 

エルサルバドルは今年、アメリカ合衆国が作成した麻薬の生産や密輸にかかわる国のリストに加えられた。地理的にエルサルバドルは、グアテマラとホンジュラスとともに中米の「北の三角地帯」をなしている。この三角地帯では、「マラス」のような地元中米のギャング団と麻薬カルテルの連携がますます目立ってきており、アメリカの当局はそれに目を光らせている。

 

――組織犯罪に関するエルサルバドルの現状はどうなのか? それに関して政府はどんな対策を講じているのか? 

 

中米のいくつかの国では何らかの麻薬カルテルが国内に存在していることを認めており、たとえばグアテマラではメキシコの麻薬カルテルのひとつ、セタスが国内で活動していることを公表した。中米のほかの地域でも、カルテルが活動できるような基盤がある可能性があり、われわれはそれを否定しない。また犯罪組織の取引きに関連した犯罪もしばしばあるだろう。

中米地域で講じられている対策に関しては、中米統合システムに参加する中米諸国の共同戦略が構築されている。さまざまなプロジェクトが準備されており、同時に地域内諸国の間で少なくとも情報面と共同作戦の連携が強化されてきた。

おそらく我々が実践に移るのはまだこれからだが、交渉と情報の交換に関しては進展してきた。実践レベルでは、この関係を強化し、共同作戦を実行できるようにするための条件を整えることが必要となるだろう。また中米協力システムにおいて、コロンビア、メキシコ、アメリカ、ヨーロッパとの連携を構築することが計画されている。これらの国々は、常にわれわれの会議に参加し、政策決定にもかかわっている。ヨーロッパ諸国、アメリカ、メキシコ、コロンビアといった国々との間で、エルサルバドルは友好国グループを構成している。最善の結果が得るためにわれわれは常時関係を保っている。

 

――組織犯罪はどの程度の脅威となっているのか? その暴力のレベルは?

 

 エルサルバドルの場合、地域内では最も小さい国なので、当局は国内のあらゆる地域に問題なく入ることができる。だが実際には秘密裏に活動し、治安を乱す組織が存在するのは事実だ。そして犯罪組織は殺人、誘拐、恐喝といった犯罪を起こしており、自分たちの取引きを脅かされまいとしている。基本的に彼らは中米地域のカルテルで、地元の組織であるが、取引きを通じて他のカルテルと関係を持つようになってきている。

 調査によれば、殺人事件の原因には3つがある。ひとつは組織犯罪によるもので、もうひとつがギャング団によるもの、そして割合は小さいが社会的・文化的な要因による暴力である。

 

――ギャング団にはどのように対処しているのか? 

 

ギャング団やマラスに対して、国の取締りに反抗する若者グループというイメージを持つ人が多いが、今日、マラスなどのギャング団には大人も若者もおり、非常に暴力的で、犯罪組織と常に関わりを持っている。彼らは火器を所持しており、地域で犯罪組織のメンバーが行う麻薬の密輸やそのほかの違法行為の共犯者となっている。彼らは暴力を常習としているのだ。

我々はそのようなギャング団について詳細に把握している。禁止法(注: 2010年9月に成立した「ギャング団禁止法」)の施行によって、彼らは非合法となり、それゆえ存在は許容できないことになった。さらに彼らの所有する資産や違法な目的のために使用するあらゆる資源は、国が差押えや押収をできるようになった。若者が団体を作ることは禁じていないので、法的に許される範囲内で抗議の団体を作って意思表示することは可能だ。しかしギャング団は、武器を使用し、麻薬取引を行い、麻薬の保管や密輸を行い、武装集団を抱えている。違法とされたMS18やマオマオといったギャング団のメンバーに関してはすべて詳しいデータをつかんでいるが、ほかのタイプの若者の団体は、抗議であれ不満を訴えるものであれ、禁止はされていない。

 

公衆衛生上の問題

 

麻薬の使用はすでに国民的な健康上の問題となっており、とくにエルサルバドルの場合にはマリファナとシンナーの使用が目立つ。それと合わせて、依存撲滅に関してはさらに、専門知識に乏しく、規制も受けず、法的な基準を満たしていないリハビリ施設の問題がある。エルサルバドル当局はそのような施設を適正化するためにすでに動いている、とカンポス氏は述べる。

 

――麻薬の使用はどのような状況か?

 

若者の間での麻薬の使用に関する調査が行われている。危険性のある摂取物としてもっとも多いのはアルコールとタバコだが、それ以外の麻薬の使用のレベルでいうと、マリファナがもっとも多く、次いでシンナーの吸引、クラックの順である。

刑務所内で、受刑者や訪問者の登録を行う際の保安活動の一環として行われた調査もある。それによれば、もっともよく使用される麻薬はマリファナ、次いでクラック、その次がコカインという結果が出ている。

 

――すでに公衆衛生上の問題?

 

すでにそれは問題になっている。病院のいくつかが中毒患者の受け入れを行っており、リハビリを行う150の組織がある。ただ問題は、施設によって役割や考え方が異なっていることである。宗教的な考え方に基づいた施設もあれば、技術的な面が中心になっている施設もある。そのためしばしばこれらのリハビリ組織のメンバーは、法的な規制を何も受けていため、必要な条件を満たしていないことがある。そのため、全国麻薬対策協議会は米州機構とともに、リハビリ施設に対して研修を行ったり、規制をかけたり、支援を行ったりできるように、正確な調査を行うよう動き始めたところだ。その一方で、国は政策として、ローカルレベルで地区ごとに受け入れのできるリハビリセンターを創設することを計画している。

 

――麻薬組織対策に軍が動員されているのか?

 

今のところ、軍は警察に協力を行っているが、国内全域においてではなく、一部の地域に限られている。

 

――結果はどうだったか?

 

軍は状況の安定化に貢献したといえるが、同時に憲法上の理由により、軍の駐留は恒常的なものとはなりえない。また組織の再編が行われているところだが、公共の安全に責任を持つのは警察である。

軍は力を尽くし、大いに貢献している。警察では4000人の人員が不足しているが、警察が必要な人員を確保でき、組織の浄化が適切に行われれば、軍との協力のあり方を見直すことになるだろう。

 

――警察への麻薬組織の浸透はあるのか?

 

警察だけでない。捜査を指揮し、裁判所やそのほかの国の機関で立件する検察庁における汚職の問題も扱わざるをえない状況で、税関や軍内部も同様である。われわれは犯罪組織のあらゆる企みにつねに警戒している必要があり、組織の浸透があると考えるだけの根拠や疑いがないように見えていても、すべてうまくいっているなどとけっして考えてはいけない。

 

――麻薬問題に関して地域で議論が必要では?

 

もちろんだ! 中米の安全保障戦略には犯罪の抑制や制御だけが含まれるのではなく、暴力を社会的に予防し、犠牲者を救済し、制度を強化することも含まれる。そして予防と制度改革に関連して、地域的レベルで麻薬に関してより効果的な政策を議論する必要があるといえる。

 

入れ墨と指文字。指文字はもともとヘビーメタルが

使っていた悪魔を意味するサイン。

http://en.wikipedia.org/wiki/File:Mara_Salvatrucha_MS13.jpg