ナルコの神様2

この夏(20128)、再びメキシコを訪問した。今度はメキシコシティと、昨年も訪れたシナロア州クリアカン、そして世界で2番目に危険とされる国境の街、シウダー・フアレスを初訪問。日本人にもメキシコ人にも、行先を聞かれるたびに適当にごまかさなくちゃいけないのが辛いところ。うっかりこの2つの都市の名を口にすると、とたんに疑わしげな顔をされてしまうのだ。

ともあれ、メキシコシティでなんとかご対面したい、とあちこち歩き回ったのが、この骸骨の聖母、サンタ・ムエルテ。おどろおどろしいガイコツやドクロは不良っぽい少年たちのアクセサリーやTシャツのイラストでも人気で昔からよく使われていたが、メキシコではこれが救いの「女神」として信仰の対象となっている。

サンタ・ムエルテ信仰はメキシコでは昔からあったようだが、急速に信者を増やして来たのはここ10年来のこと。さらにインターネットを通じて世界各地に信者(?)を広げているというのだ。麻薬戦争に伴う治安の悪化で、「死」があまりに身近になったことが背景にあるのだろう。必ずしもナルコの神様というわけではないが、メキシコ北部の州では残虐さで知られる「セタス」のグループがサンタ・ムエルテの廟を建立し、軍が破壊したという報道を読んだことがある。

 

メキシコシティで乗ったタクシーにムエルテの像が飾ってあったので、運転手に信仰しているのかとたずねてみた。彼は8年前に病気や借金で苦しんでいた時から信じるようになり、ミサに行くようになったのだといい、それ以来仕事も順調で、なんとかやってきている、ムエルテのおかげだ、と話してくれた。信者には、やはり警官や麻薬の売人が多いという。ちなみにその運転手さんの家では、息子の一人はムエルテの信者だが、奥さんはカトリックの教会に行っている。自分自身もカトリックの信仰を捨てたわけではなく、クリスマスなどには家族と教会に行くのだ、という話だった。

 

メキシコシティの北にある巨大な市場「テピート地区」にこのサンタ・ムエルテの教会があると本で読み、訪ねてみることにした。ちなみにテピートについては、『地球の歩き方』には「犯罪が多いので立ち入らないこと」と書かれているとおり、観光客が行くところではないけれど、迷路のような通りに商店や露天が所狭しと並び、いつも人でごった返して「アメ横」のような雰囲気だ。

市場を歩き回り、あちこちで人に尋ねても、ほとんどの人は「知らない」という。まじないグッズやムエルテの像を売る店で尋ね、さらに警察官にも尋ねて、やっとその「教会」にたどりつくことができた。カトリックの教会からほんの50メートルほどのところで、普通の家の1階を改造したようなつくりだった。私が訪れた日は、その2日後から始まるお祭りのために壁にペンキを塗る作業の最中だった。平日の昼間だったが、それでもお参りに訪れる人はぽつぽつといて、像の前につるした鐘を鳴らし(日本のお寺か神社みたい?)、ろうそくに灯をともして奉納していっていた。

 

サンタ・ムエルテは、ガイコツなので女か男か判別しがたいが、スペイン語の「死(muerte)」が女性名詞なので女性ということらしい。色白なお顔は凄味があるけれど、カラフルなドレスを着ていたり、ドレスとコーディネートしたベールやかつらや帽子をかぶったりもしていて、見慣れてくると「ありゃ、こちらのムエルテちゃんはおしゃれー」なんて言葉が漏れてくるようになる(かも?)

ちなみに、テピート地区には1ブロックほどの距離のところにムエルテの教会がもうひとつある。さらに首都大聖堂のある中央広場ソカロの北西の露天商が密集した通りでも、等身大のムエルテ像が飾られているのを2か所で見つけた。道端のものは毎日運んできて据え付け、夕方には撤収していくのだそうだ。道行く人は見慣れているのかたいていは無関心だが、なかには立ち止まって像を見上げ、何か祈りの言葉をつぶやいて、賽銭箱に小銭を入れて行ったりする人もいた。

首都にはほかにも何か所か、ムエルテの教会や廟のようなものがあるのだという。