なぜ暴力は拡大したのか?

 2006年にカルデロン大統領は就任と同時に対麻薬密輸戦争を宣言して以来、軍や警察を総動員して麻薬カルテルの撲滅を目指そうとしてきた。だがそれがかえって暴力を激化させるという結果を招いている。

 その原因についてはいろいろな説があり、おそらく様々な要因がからんでのことと考えかられるが、とりあえずいくつかの説を紹介してみよう。

 

 1) 暴力拡大の原因としてよく言われるものの代表的なものとしては、メキシコで70年も続いたPRI(制度的革命党)が選挙に敗れ、2000年以降PAN(国民行動党)が与党となったこと。それまでのPRI政治家と麻薬カルテルとなれ合い的な、安定的な関係があったものが崩れ、政府と麻薬カルテルやカルテル間の力関係が変わったから、というもの。

 2) 一方、暴力が激化していることの直接的な原因としては、カルデロンの対策が麻薬カルテルのトップの逮捕を最優先してこともある。大物マフィアの逮捕はたいてい敵対グループの密告によって行われるが、そうすると犯罪組織の間で報復合戦が起きたり、ボスの跡目争いで組織が分裂するなどして抗争が激化したりする。さらに弱体化したグループが資金稼ぎのために一般市民を標的にすることもある。

 3) 公務員・軍・警察のモラルが低く、改革が進んでいない。もちろん、これは今に始まったことではないが。

 4) 大量の銃器の流入。麻薬カルテルが密輸入した武器が、誘拐や強盗などほかの犯罪にも利用されている。武器があるからさらに暴力が起こるという悪循環が起きている。

 

 5) 一方、暴力が拡大する大きな背景としては、農業・畜産など、メキシコのそれまでの伝統産業が農村部で労働人口を吸収していたものが、新自由主義政策によってことごとく壊滅し、失業や半失業状態の人々が大勢生み出されたことがある。外資によるマキラドーラ産業もあるが、グローバルな景気の影響を受けやすく、低賃金で雇用は不安定、労働者は常に失業の危機にある。国家による再分配機能が弱まり、貧富の格差は拡大し、ますます固定化する傾向がある。とくに若い世代にとっては希望が持てない状況である。リスクが高くても高い収入が得られる可能性があるのは、北米に移民するか違法な仕事にかかわるかの選択になることが少なくない。

 

実際に、薬物は北米に需要があるから流通があるのであり、違法だからこそ巨大なビジネスチャンスとなっている。資金の流れも武器の流通も、自由化や個人の選択の自由などの名目で規制は緩く、それもカルテルを強化させる結果につながっている。

アメリカでは多くの州で医師の処方箋があれば麻薬を合法的に購入できたり、個人使用分だけの所持なら罪に問われない、中毒者には処罰よりリハビリを勧めるなど、麻薬対策の方向性が変わってきている。今後はヨーロッパ諸国のように、麻薬の合法化の方向に進むのか? すぐには合意には達することはできない議論である。

メキシコだけでなく、最近は中米諸国でも麻薬密輸にかかわる暴力が拡大しているが、これらの暴力的状況は、それぞれの国内問題だけではない。アメリカはそこでの暴力の原因を作りだしている国として、暴力をエスカレートさせるだけの軍事面での援助だけではない、異なる方向性を探る必要があるだろう。