ナルコの賄賂が米墨国境を侵食する――「獅子身中の虫」ニューヨーク・タイムズの記事から

 2016年末に出たニューヨーク・タイムズ紙の記事。メキシコの麻薬マフィアや不法移民の仲介業者が、どうしてそんなに容易に仕事ができているのかと思っていたが、やはり内部の協力者は欠かせないもの。アメリカ合衆国にとっての不都合な真実だが、それを暴くアメリカ人に拍手を送りたい。しかし、これはまだ真実の一部なのかもしれない。

 

以下は要約。

 

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獅子身中の虫

――アメリカ合衆国エージェント、メキシコナルコから何百万もの賄賂

20161228日 New York Times by Ron Nixon

 

ワシントン: 2012年、ロサンゼルスにある連邦国土安全保障省の移民・税関捜査局係官ジョーホーン・デイビッド・リーは、国際売春で起訴された韓国人実業家の件を捜査するよう指示された。しかしリーは賄賂を請求し、実業家とその親族から13000ドルとその他の物品を賄賂として受け取り、その見返りにこの件は問題なしとして片づけた。

 「被疑者は人身売買の疑いをかけられているが、証拠はなく、被害者の証言は矛盾している。調査終了。これ以上の捜査は必要なし。」とリーは報告書に書いている。

 しかしのちに別の係官が、別の事案でリーの捜査に内部調査の必要ありと警告したことから、過去の事案が精査され、収賄の件で起訴された。この7月に有罪判決が出て、懲役10か月の刑が言い渡された。

 同様な事件はほかにもある。ニューヨーク・タイムスが何千もの裁判所や捜査機関の記録を調べたところ、過去10年の間に国土安全保障省の約200人の職員や契約労働者が、国境を警備し移民法を適用するために給料を得ながら、1500万ドル近い賄賂を受け取っていたことがわかった。

 グリーンカードその他の移民のための書類を不法に売ったり、捜査当局のデータベースに入り込んで麻薬カルテルに重要な情報を流したりしていた。その情報が利用され、インフォーマントの殺害未遂事件に至ったこともあった。

 実際の賄賂の額は、タイムズ紙の調査よりも高い可能性がある。裁判所の記録は総額を挙げていないためである。またそこには贈り物や旅行や、あるいは職員が盗んだ現金は含んでいない。

 

 選挙キャンペーンの間、ドナルド・トランプ大統領は、国境の安全保障は優先順位のもっとも高い課題のひとつであると述べていた。しかし就任を準備している間に、問題の多くは内部から来ていることに気が付いただろう。

 「移民管理機関の規範が守られていないならば、壁を建設したり職員を増強するといっても、なにもいいことはない。自分たちの職員の中に汚職や不正があるのだから」と国土安全保障省のある事務官は、匿名を条件にそう述べた。

 収賄の罪で逮捕された国土安全保障省の職員は、同省で働く25万人以上のうちの1%にも満たない数とはいえ、国境の安全と移民のコントロールに汚職が与える影響は無視できるものではない、と捜査官らはいう。

 警察当局の専門家によると、国境や移民関連の係官の中で収賄事件が起きてもないという。国境警備がフェンスの建設やドローンやセンサーの利用で強化され、麻薬カルテルや密入国者たちはますますやりにくくなったと感じている。

「そのため、カルテルは国境警備員をターゲットに収賄しようとするのは当然だろう」と大手シンクタンク、ストラトフォーの安全保障部門チーフで、元国家外交保安部の反テロリズム部門長官代理だったフレッド・バートンは述べる。「冷戦時代の国際的諜報活動で用いられた戦術にとてもよく似ている」。

 内部の汚職が問題となっていることを受けて、国土安全保障省では内部調査員をさらに雇い、倫理面でのトレーニングを行い、新人へはうそ発見器での検査を行い、さらに組織犯罪からターゲットとされたときのためのスパイ対処の訓練も行っている。

 

 税関・国境警備局では、収賄の罪で何十人もが職員がこれまで逮捕や起訴されており、汚職撲滅のためのさらなる改正が行われたという。しかし記録によれば、国土安全保障省での賄賂の問題は依然として存在する。2016年にも、15人が収賄罪で逮捕され、有罪判決を受けている。

 2月には、アリゾナ州ダグラスの税関・国境警備局職員のジョニー・アコスタが収賄と麻薬密輸の罪で8年の刑を受けた。アコスタはメキシコに逃走しようとしていたが、7万ドル以上を賄賂として受け取り、アメリカに1トンのマリワナを密輸するのを援助した。

 11月には、テキサス州マッカーレンの国境警備隊員エドゥルド・バサムは、コカインの密輸組織を手助けしたとして逮捕され起訴された。バサンはその仕事で8000ドルを受け取ったことを認めた。またほぼ同時期、プエルトリコのサンフアンにあるルイス・ムニェス・マリン国際空港の運輸保安省検査官ジョセ・クルス・ロペスが、215000ドルを受け取麻薬密輸のほう助を行ったとして起訴された。 

 元国境警備官イバン・エレラ・チャンのケースは、ただ1人の職員が職務に反しただけで、いかに大きな損失を引き起こすかを物語っている。2013年、エレラ・チャンは麻薬カルテルに重要な情報を漏らした罪で15年の判決を受けた。

 アリゾナ州ユマのカルテルをターゲットとした特別捜査班に所属していたエレラ・チャンは、地下のセンサーの場所を示す地図や米墨国境のゲートの暗証番号、国境警備隊のチェックポイントの場所をカルテルにつながる人物に漏らした。カルテルはその情報をもとに国境警備隊を避け、覚せい剤やコカイン、マリワナを米国内に密輸したとされる。

 裁判所の記録によると、エレラ・チャンはさらに自分の職場のコンピューターで当局のデータベースに侵入して押収された麻薬をチェックし、メキシコにいる重要なインフォーマントに関する情報までも漏らした。インフォーマントのひとりは、その情報によって危うく殺害されるところだった。エレラ・チャンは、その仕事で4500ドルを受け取ったと認めたが、共謀者は6万から7万は渡ったはずだと述べている。

 「税関・国境警備局の職員の汚職は国家の安全を危機にさらすものである」。同年5月に発表された同省の報告書は、そのよに結論付け、「当局における汚職が実際にはどのくらいの水準であるかはわかっていない」と報告書は述べている。

 逮捕された国境警備や移民局の元職員らは、経済的問題から麻薬使用まで、賄賂を受け取ったことにさまざまな理由を挙げている。しかし多くは、たんに金がほしかっただけである。

 国境警備員と税関職員は7000マイルもの国境を警備し、麻薬カルテルや密入国者と直接対峙する立場にあり、彼らがもっとも多くの賄賂を受け取っている。その額は1100万ドルに上る。

 しかし収賄は、国境の現場職員だけにとどまるものではない。移民と税関を担当し、市民権を与え、空港の安全を守る国土安全保障省の職員もまた、収賄の罪で逮捕されたり起訴されたりしている。

 11月、ロサンゼルスの合衆国市民権移民業務局の移民業務課の元職員、ダニエル・エスペホ・アモスは、合衆国国籍を取得する条件を満たしていない移民60人の手続きを依頼してきた移民専門の弁護士から、53000ドルを賄賂として受け取ったとして有罪判決を受けた。アモスはその移民らは市民権取得の条件に適っていると判断を下したが、そのうちのひとりは英語力があまりにも低かったので、国籍取得の面接試験ために暗記しておけるように、質問の答えのコピーを渡していたという。

 空港のセキュリティエリアに入ることのできる空港保安官や検査担当者は、武器を密輸したり、さらには爆弾を航空機内に運び込んだりもできるため、同様に何千ドルもの賄賂を受け取っている。

 

 国土安全保障省の監察長官ジョン・ルス監察長官によると、1年間に300400人が汚職の罪で起訴されており、そのような汚職職員を根こそぎにすることが最重要課題であるという。

 しかし5月に発表された国土安全保障省の報告書によると、国境警備隊の母体である税関・国境保安局には、汚職を未然に防ぐための予防対策が現行では欠如していると述べている。同局ではほかの職員やほかの政府機関の職員、あるいは民間からの情報に基づいて調査を行っており、そのために何十年もの間汚職が蔓延しているのだという。

 さらに報告書によると、現在の約200人から550人へと内部犯罪の捜査官を2倍以上に増やす必要があるが、同局では2017年度予算で30人の捜査官の増員を要求しているに過ぎない。