今、メキシコを揺るがす麻薬密輸問題

「ナルコ」の神様として知られるヘスス・マルベルデ。地元の一般の人々も参拝に来る。シナロア州・クリアカン市にて。
「ナルコ」の神様として知られるヘスス・マルベルデ。地元の一般の人々も参拝に来る。シナロア州・クリアカン市にて。

 「ナルコnarco」とは、スペイン語のNarcotráfico(麻薬密輸)から派生し、「麻薬密輸」や「麻薬密輸人」を指す言葉。

 今日、メキシコを揺るがしているのが「対ナルコ戦争」つまり麻薬密輸組織を相手取った「戦争」である。

 だがこの「戦争」は、実際には政府vs麻薬組織だけのものではない。麻薬組織vs麻薬組織の血を血で洗う戦争もあれば、警察や公務員に深く浸透した犯罪組織による汚職に対するたたかいもあり、さらに必ずしも犯罪組織とはかかわらない一般犯罪の増加という結果も招いている。

 メキシコの新聞を開いてみて、麻薬密輸やそれにかかわる犯罪組織がらみの事件の報道がない日はないといっていいほど。目をそむけたくなるような残虐な殺人事件も頻発している。

 

 この暴力的な状況は、2006年、PAN(国民行動党)フェリペ・カルデロン大統領が就任し、「対麻薬組織戦争」を宣言して以来、急激に激化した。20062012年のカルデロン政権下に麻薬戦争に関連した犠牲者数は、一般にマスコミで報道される数字としては7万人とされることが多いが、メキシコ地理統計局は同じ期間の犠牲者数を121683人と発表している。年平均約2万人、月平均1700人近く、毎日56人もが殺害された計算である。

 ちなみに戦闘状態といえるアフガニスタンでは、国連の統計によれば同じ6年間の死者は1万3000人である。人口の規模に違いがあるとはいえ、メキシコではその10倍の人数が、麻薬その他の犯罪の犠牲者として命を失っている。

 

201212月、カルデロンに代わって、PRI(制度的革命党)のエンリケ・ペーニャ・ニエトが新政権に就いた。カルデロンが始めた麻薬戦争はカルデロンが去っても終わることはなかった。ペーニャ・ニエトは警察組織を改革して麻薬マフィアを制圧する、と公約していたが、マフィアに絡んだ暴力は収まる気配はない。変わったとすれば、メキシコの国内メディアの態度である。大手の新聞社も地方紙も、各地で頻発する殺人や襲撃事件をほとんど報道しなくなってしまった。新政権になってからの麻薬戦争に絡んだ犠牲者数も公表がなかなかされない。情報筋によれば、新政権が発足した201212月から201310月末までの11か月の間の殺人犠牲者は17000人余りといい、その後の犠牲者数も年間1万人前後と、状況が改善したとはあまりいえない。

 

2013年の半ばから以降、北部国境地帯に加えて、メキシコ中西部のミチョアカン州、ハリスコ州、ゲレロ州などでも緊張が高まっている。さらに暴力の波は、国の中心地に近いメキシコ州にも及んできている。マフィア間の血を血で洗う報復合戦が激化し、またマフィアが手っ取り早く資金を調達する方法として一般の商店や事業家、さらには学校などにまで、みかじめ料を要求するようになった。

地元の警察も役所も買収され当てにできなくなったとして、住民自身が武装し、自衛団を組織する事態にまでいたっている。これはすでに「失敗国家」と評されるべき状況である。このような住民による武装自衛団の立ち上げは、中西部だけでなくメキシコ各地の州でみられるようになった。

   

 メキシコは長い国境のすぐ北に、違法薬物の巨大市場を抱える。メキシコ人が運ばなくても、金持ちのアメリカ人依存者のためにいつも誰かが薬物を供給していたのである。新自由主義とグローバル化の嵐がメキシコの農村部を打ち枯らし、都市周縁部に未来への希望を見出せない人々が押し寄せる状況のなかで、今日の理不尽な暴力的状況は拡大してきた。危険を犯しても職を求めて北米に不法移民するか、あるいは犯罪グループにかかわるか――そんな選択しかない人々もいる。事情は中米諸国も同じである。国家の経済成長優先の施策は、誰に恩恵をもたらし、誰にしわ寄せを強いるものなのかを再考すべきではないだろうか。これは、メキシコだけの問題ではない。

 

 ナルコは、必ずしも一般の人々と隔絶した、社会の「闇」の部分というわけではない。ナルコもまた、今日のメキシコ社会の一部であり、世界を席巻する新自由主義がもたらしている現象のひとつなのである。

 

 

■自己紹介

氏名: aqui-yo (*^o^*)v ~hola! 

職業: 大学非常勤講師(スペイン語、地域研究)

専門: 文化人類学、ジェンダー、地域研究

 

メキシコとのかかわり: 1994~1997、2001~2002にメキシコに滞在

ナルコとのかかわり:幸いなことに(?)これまで個人的なかかわりは(あまり)ないが、ここ数年来、メキシコ・中米地域の麻薬密輸関連のマスコミ報道・書籍等を読み漁っている。 

 

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